悠山・一貫斎・香山・潤山・一彦・等々、日本名卓作家の“最後の卓作家“と謳われた寿山の賓作です。名園、加藤蔓青園三代、加藤三郎翁の次弟、加藤秀男翁(八雲蔓青園)が交流を深めながら、この寿山を世に送り出して、三十数年の時が経ちました。
瀟洒な文房的盆栽卓を得意とした寿山、本作は古典的な教机卓を寿山らしく写し取った中型卓の傑作といえます。特に寿山は、己が作品の上位作にこの貴重な紅花梨の秀材を用いたものが散見出来ます。本作も八雲蔓青園の全盛期に秀男翁によって注文制作されたものでしょう、極めて硬質な紅花梨に仕上げとして“拭き漆”の技法で木地の中に朱漆を擦り込ませた独特の作品です。一枚板からなる、中品卓の名作として、次代に伝承すべき本作をご紹介します。
瀟洒な文房的盆栽卓を得意とした寿山、本作は古典的な教机卓を寿山らしく写し取った中型卓の傑作といえます。特に寿山は、己が作品の上位作にこの貴重な紅花梨の秀材を用いたものが散見出来ます。本作も八雲蔓青園の全盛期に秀男翁によって注文制作されたものでしょう、極めて硬質な紅花梨に仕上げとして“拭き漆”の技法で木地の中に朱漆を擦り込ませた独特の作品です。一枚板からなる、中品卓の名作として、次代に伝承すべき本作をご紹介します。